創業者である父親に学びながらも常に「自分に何ができるか」を考え続けてきた
株式会社東横イン 代表執行役社長 黒田麻衣子さん

2020.01.08

幼い頃は教員をめざしていたものの、大学院修了後に父親が創業した東横インに入社。出産、育児のため退社後に副社長として復帰し、現在は同社社長を務める黒田麻衣子さん。不況からのさまざまな試行錯誤を経て、経営を軌道に乗せることができた独自の経営手腕はどのようにして身に付けたものなのだろうか。

「答えは現場にある」

――大学院を卒業するまでは教員をめざしていたそうですね。

物心ついた頃から「先生かお嫁さんになる」と言っていました。最近、私のように父親から会社を継いだ方と話をしました。全く違う仕事を選んだことについて、その方も過去に教員をされていたので「わかる!」と共感されました。要は経営者である父親が苦手だったんです。家でイライラをぶつけたり電話で従業員に怒鳴ったりしている父親を見て、「父親とは違う道に行きたい」と思ってしまったのでしょうね(笑)。

――実際に教員のお仕事に就かれましたが、いかがでしたか。

大学4年生の時、母校へ教育実習に行きました。そのご縁で大学院在籍中に歴史の非常勤講師になりました。ところが、生徒をひいきしてしまう自分に気が付きました。「こりゃダメだ」と。先生は聖人じゃないと務まらないと思っていましたので、自分には向いていないと諦めました。

修士論文がなかなか書き終わらなかったために、結局は就職活動もできないまま大学院を修了することになりました。そこで当時婚約していたこともあり、深く考えずに父の会社に入社しました。仕事は新鮮で楽しかったので一生懸命にやりましたが、出産を機に退社しました。

――2008年に副社長として会社に復帰されましたが、経営者としての現場はいかがでしたか。

社会人として現場で数年しか働いていませんでしたし、もちろん経営なんてわかりませんでした。「3年は黙って見ている」と父と約束しましたので、昔からいる役員の方達からいろいろと教えてもらうつもりでした。ところが、当時はこれまでに経験したことのない不況。右肩上がりしか知らない会社でしたから、何かを変えなくてはいけないと思いつつも何を変えたらいいかわからずジタバタしていました。

宿泊料金を下げたり、人員を削減したりしましたが、どんどん現場が疲弊してうまくいきませんでした。その時に、父から「答えは現場にある」「各店舗と話をしろ」「総論ではなく、各論が大事」とアドバイスされました。これまでは本社から店舗に対して指示を出す感じでしたが、それからは各店舗の支配人と個人面談をするようになりました。私は支配人たちに元気がないと感じていました。私が働いていた頃は前を向いてキラキラしていた人達が下を向いている。会社のやり方を変えるべきかと思っていたくらいでしたが、面談を通じて、支配人たちは働きがいを感じていることがよく分かりました。そして元気がない理由は、会社の業績悪化に他ならないということも分かったのです。彼女達の笑顔を取り戻さなければいけないと素直に思いました。そこで、「日本一女性が働きがいのある職場」を私のビジョンに掲げました。

「任せられている」ということが一番の働きがい

――社長の娘という立場でやりにくいことも多かったのではないでしょうか。

本社では特に感じませんでした。父がワンマン経営者なので、「父と話ができるのは娘しかいない」という思いがあり、他の役員が父に質問する時は私がまず父に聞くようにしたので勉強になりました。ただ、現場の社員たちは私についていろいろ思っていたとは感じています。支配人から役員になった方から「なんだこの小娘は」と思ったことはあったとも聞いています。「この人が社長で大丈夫?」という感じだったと思います。

そんな状況で父の代から引き継いでいたのが、ホテルのことは全て支配人に任せるという方針でした。「任せられている」ということが一番の働きがいですから。支配人は97%が女性ですが、これは創業当初からの方針です。女性はきれい好きで細やかな心配りが上手な方が多いというのが一番の理由だったと思いますが、今後は男性にも支配人をめざしてもらえるようにしていこうと考えています。

――経営の立て直しという意味で転機となったのはどういうタイミングでしたか。

2012年が私たちにとって転機でした。2008年、会社の不祥事とリーマンショック後の不景気で創業以来の不況に陥りましたが、2011年の東日本大震災による復興需要を機にⅤ字回復の兆しを見せ始めました。初めて経常利益が100億を超えたのもこの年でした。2015 年のゴールデンウィークには、当時の全店全室48,831室を一晩で満室にしたとしてギネスに認定されました。

無理に創業者を超えようとする必要はない

――ご自身の経営者としての強みはどのような点にあると考えていますか。

中学・高校時代、生徒会の委員をやっていました。生徒たちから選ばれてなったわけではなく、女子校でしたし、扱いやすい生徒にやらせるという感じで先生がお膳立てしていました。そういう経験を小さい頃にしているなかで、立場によって周囲から反感を買ってしまったり、そのなかでうまく立ち回る方法を考えたりしました。今も皆から選ばれて社長をやっているわけではありませんので、その意味では学生時代の経験やスキルが実は生きているのかもしれないなと思っています。

――女性経営者へのメッセージはありますか。

私は起業してないので何とも言えませんが、事業承継される方には、「創業者にはなれない」ということを自覚すべきだと考えています。私も「父には逆立ちしてもかなわない」と思っている一方で、「私にしかできないこともあるはずだ」とも思っています。無理に先代を超えようとすることもないし、創業者を超えようとすることもないけど、「自分がそのなかで何ができるか」と常に考え続けていけばいいのかなと思っています。何年か前に小学生だった娘から「お母ちゃま、仕事楽しいんでしょ?」と言われました。その言葉が今でも支えになっています。楽しみながら「自分の仕事」をしていければと思っています。

私自身も起業を経験しないと、父のことは理解できないんだろうなと思います。いつかは私も何かに挑戦して、父のことを理解したいですね。

黒田 麻衣子
株式会社東横イン 代表執行役社長

立教大学大学院で19世紀のドイツ史を専攻。2002年東横イン入社。出産・育児のため退社後、08年に副社長として復帰し、12年に社長就任。東横イン創業者である西田憲正氏の長女。東横インは1986年の創業以来、支配人には女性を登用。女性の感性を活かしたホテル運営をしてきた。前職は問わず、妻であり母である ‘業界未経験の’ 30代後半~40代後半の女性を積極的に採用している。社長ヴィジョンとして「日本一女性が働きがいのある職場を目指して」を掲げている。

東横INNは2015年5月2日~3日に全店全室(日本243店舗と韓国6店舗で48,831室)を満室にしたとして、ギネス世界記録に認定された。日本国内285店舗、海外6カ国16店舗の合計301店舗で、総客室64,795室は国内最大級である(2019年8月末日現在)。

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