女性ならではの当事者としての経験を生かし 組織内の意見をまとめる次世代型リーダーをめざす
株式会社ポピンズ 代表取締役社長 轟麻衣子さん

2019.12.11

12歳にイギリスの全寮制私立学校に単身留学し長い海外生活を経た後、保育事業を立ち上げた母親からポピンズを継承することになった轟麻衣子さん。社会のニーズに応える事業を次々と拡大し、いまや介護や看護、教育にまで事業領域を広げている。その経営者としての才能を育てた源は、幼少期からの母の教育にあるという。どのような教えが現在に生きているのだろうか。

「誰から愛されたか」ではなく「どれだけの愛情を受けたか」

――忙しくされていたお母様のもと、どのような幼少時代を過ごされましたか。

母が仕事をしていたため、3歳の時に祖父母と一緒に暮らし始めました。週末には母はいつも私と一緒に過ごしてくれましたので、その時間をとても楽しみにしていました。四六時中母と一緒というわけではありませんでしたが、一緒の時は150%の愛情を注いでくれた記憶があり、「量ではなく質」という価値観を小さい頃から感じていました。週末は図書館で本を借り、一緒にお子さまランチを食べて、公園で自然体験をし、夜は冷蔵庫にある材料で作った料理を食べました。寝る時は母が作った空想の話をしてもらいました。

こうした経験から私は「誰から愛されたか」ではなく「どれだけの愛情を受けたか」ということが子どもにとって大切だと思っています。12歳でイギリスの全寮制の学校に単身留学してからは、私を支えてくれる現地の方々の愛情を受け、それを強く感じて育ちましたので、特定の誰かの愛情である必要はないと実感しています。そうした考えがポピンズの基盤になっています。私たちは「もう一つの家族」という立ち位置でお子様を支援するよう努めています。

――日本では子どもを預けることがなかなか一般化していない面もあるようです。

確かに「子どもを預ける」というと、「両親が面倒をみられないから預ける」といった印象があるかもしれませんが、そういう考え方は古いと思います。預けられている間が子どもにとって空白の時間になってしまうと保護者は罪悪感を抱えることになりかねませんが、楽しい時間を過ごせたら付加価値がある時間になる。母もそう考えて、私をプロのシッターさんに預けていました。私の留学先であるイギリスでは、プロのナニー(教育ベビーシッター)は一般的で、王室の方も使っているくらい由緒正しい文化がありました。ポピンズもその世界観をめざしています。

株式会社ポピンズの創業者である母親と遊ぶ幼少期の轟さん

「あなたはあなたでいい、人と違ったあなたでいい」

――お母様には先見性があったのでしょうね。12歳で単身外国に行くのは相当な勇気が必要だったのでは。

母は「かわいいから子どもを手元に置きたい」ということ以上に「この子の将来にとって何がいいのか」ということを30年以上前に考えたのだと思います。イギリスに留学する時にも母から「このまま日本の中学に行く道がいいか、それとも……見て!」と、お城のような寄宿学校の写真を見せられました。それは彼女のプレゼン能力の高さですよね。「あなたの選択肢だからあなたが決めなさい」と言われました。自分が母親になったいま、振り返って考えてみると、彼女が勇気を持って私を手放してくれたことと、選択肢を与えてくれたことに感謝しかありません。

最初は迷いましたが、アドベンチャーみたいな感覚でワクワクしながら行きました。ところが実際に行ってみたら、ホームシックになって1年くらい泣き暮らしました。イギリス人ばかりの8人部屋で、みんな外国人に会ったことがない子だったので、言葉ができない私は「この子は大丈夫かな」という印象だったのだと思います。初めは苦戦しましたが、結局大学卒業までロンドンにいて、その間1年間フランス留学も経験しました。

――海外生活が随分と長くなりましたね。そういう生き方に惹かれたのもご家庭での教育の影響でしょうか。

長期休暇の時期は帰国していました。帰ると、30年前なので「日本の女性としてのあるべき姿」という枠を感じました。今ならグローバル人材という風になるかもしれませんが、当時は帰国子女という中途半端な枠にはめられてしまい、機会という意味では海外の方が自由に自分らしく生きていけると感じていました。海外の女性の方が自分らしさというものが軸になっていて自由で自然体でしたね。

小さい頃から「あなたはあなたでいい、人と違ったあなたでいい」と母から言われて育ったことは大きく影響しています。日本でもやっと個性を伸ばす教育に意識が向けられ始めましたが、新しい時代に向けてもっと「個性を尖らせる」ことも大切だと思います。

ソーシャルビジネスは女性が活躍しやすい領域

――帰国して、ポピンズに入社された経緯は。迷いはありませんでしたか。

実は私はずっと事業を継ぐ気はありませんでした。小さい頃から「母は母の人生、私は海外で私の人生を歩む」と決めていました。事業を継ぐことを意識した最初のきっかけは25歳の時に私を育ててくれた祖父が倒れたことです。介護を経験し、母の会社が提供しているサービスは、人生を幸せにすることなのだと当事者として気づいたんです。

また、29歳の時に経営大学院のINSEAD(インシアード)でMBAを取得したことも良い契機となりました。「ゼロから1を創りたい」と思っている起業家精神にあふれた同級生と知り合いになり、「ゼロから1ではなく、既に1となっている母の会社はこれから誰がやるのだろう」とふと思ったのです。「もしかしたら私に何かできるかもしれない」と。働きながら子どもを育てることの大変さを経験し、育児でも介護でももっと選択肢が世の中にあってもいいのではないかと感じ、いろいろな人の人生に寄り添えるサービスを提供するポピンズと自分の思いが合致したんです。

ブルドーザーのような母の仕事ぶりを見てきたので、決心に至るまでは母と全く違う性格の自分に経営が務まるのかと随分悩みました。その際、ハーバード・ビジネススクールのリンダ・A・ヒル先生の著書『コレクティブジーニアス』に書かれていた内容に背中を押されました。どんなことが書かれていたかというと、今まではスティーブ・ジョブスみたいなカリスマ性がある一匹オオカミタイプのリーダーが企業を引っ張ってきたけれども、次の世代はグーグルやピクサーのようにいろいろな才能をオーケストラの指揮者のようにまとめてコーディネートできる素質を持ったリーダーが必要になるという内容でした。その後、リンダ・ヒル先生に母と一緒にお会いして、「あなたはあなたのままでできる経営がある」と言っていただき感銘を受けました。

――ご自身の経営者としての強みをどのようにとらえていらっしゃいますか。

私は単身でイギリスに渡った経験から、目標を達成するにはどのように周りの人達を巻き込んでいけばいいのか、知らず知らずに会得してきたような気がするんです。私は人が大好きなので、誰とでも会話できますし、海外経験が長いので偏見からも自由だと感じています。まっさらな状態で一人の人と向き合ってその人の良さや能力を見るのが大好きです。このあたりを、ポピンズが5000人の所帯になったいま、組織の中で皆の意見をまとめていく次世代型のリーダーとしての仕事に活かしたいと思っています。

実はいまでは「ポピンズは私でなければ継げなかったかも。」と思っているんです。私の当事者意識が介護や育児、家事支援の事業に活かすことができていますし、社会のニーズや課題の解決につながったと感じています。もともとソーシャルビジネスは女性が活躍しやすい領域です。消費に関しても、消費者は70%程度が女性であると言われているくらい女性がリードしている。経験値こそが女性の強みになると思いますし、それを自分のバリューとして打ち出せるようになると女性はもっとしなやかに生きられるのではないかと考えています。

轟 麻衣子
株式会社ポピンズ 代表取締役社長

母である中村紀子さんが1987年に設立し「働く女性を支援する」をミッションにしている株式会社ポピンズにて、2012年に取締役就任、2018年4月1日に代表取締役社長に就任。経済同友会会員、経済産業省産業構造審議会2050経済社会構造部会委員。12歳からイギリスの全寮制私立学校に単身留学し、ロンドン大学King's Collegeに入学。1998年にMerrill Lynch Internationalのロンドン支店に勤務、2002年からCHANEL Corporation(パリ・東京)、2006年からGraff Diamonds Ltd. (ロンドン)、De Beers Diamond Jewellers Ltd. (ロンドン)に勤務。2006年にINSEADにてMBA取得。25年間の海外生活(英・仏・シンガポール)を経て、2012年に日本に帰国

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