男性も女性もそれぞれが自分の生活に合わせて 柔軟に働くことができる社会を創っていきたい
株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長 小室淑恵さん

2019.12.26

いま日本の喫緊の課題であるワーク・ライフ・バランスや働き方を見直すムーブメントの先頭に立ってきた小室淑恵さん。意外なことに、幼い頃から大学生までは専業主婦を希望していたという。そんな小室さんの将来を大きく変えることになった学生時代の出会いや海外での体験が、どのような形で社会の価値観を動かす力にまで結実したのだろうか。

女性が働くことは経済合理性に合う

――小さい頃はどんな将来を思い描いていましたか。

私は日本女子大学の3年生までは専業主婦志向でした。小学生の時に触れた小説やテレビドラマの世界では、勉強や仕事を頑張った女子は嫌われ、男子は頑張ると評価されていました。今目の前の勉強を頑張っても、その先に女性の未来が閉じられている負けレースの構造に気づいて苦しくなりました。負けないためには最初から社会に出て頑張ろうとしなければいい。「私は最初から専業主婦志向だから」と周囲に表明するようになりました。本当は負けず嫌いだったからこそ、ねじれた自己防衛本能だったんだと思います。

――専業主婦志向が変化したきっかけは何だったのでしょう。

就職活動が始まる大学3年生の時まで「育児理由で会社を休む可能性がある女性を採用するなんて経済合理性に合わないことを、企業が本気でするわけがない」「女性が働くのは社会にとって迷惑だからわざわざ就職なんてしたくない」と、思っていました。そんな私でしたが、3年生の時に教養特別講義での猪口邦子さんの話に稲妻に打たれたように感動したんです。「あなたたちの時代では、顧客は育児しながら働く人だらけになるんだから、その人達が欲しい商品やサービスを開発できなかった企業は自ずと負けるわよね」と、女性が働く意義を経済合理性に基づいて言い切ってくれたんです。「欧米では管理職の5割近くが女性なのに、日本は1割にも満たない。アイデアの差が5倍になって日本が負けないために、是非ともあなたたちは日本の企業にわざわざ入ってあげて、結婚して出産したら会社に戻ってあげて、『育児中はこういう商品が必要なんです』と言ってあげてね」、と。聞いていて全身鳥肌が立ちました。女性が働くことは迷惑ではなく、むしろ女性が入らなくてはこれからの企業が勝てないのなら、「私だって働きたい!」「今すぐ人生変えたい!」と思ったんです。自分の中にまだ働きたい気持ちがあったことにも驚きました。「人生を変えたいならアメリカに行ったらいいのでは」と思い立ち、大学を1年間休学して渡米。シングルマザーの家にベビーシッターとして住み込み、生活していました。

――アメリカでの経験は今の仕事にどんな風に生かされていますか。

住み込みをしていた家の女性が育休中にeラーニングで勉強していたことに衝撃を受けました。インターネットは時間や場所に制約がある人でも学べて、仕事が出来る“温かいツール”でした。「インターネットが女性の働き方を変える」と確信したことが、今の仕事に繋がっていると思います。日本では育児休業を取るなら辞めてもらいたいというのが当時の経営者の本音だったと思いますが、アメリカでは育児休業中にスキルアップして復帰してくれる。こんな両者にとって得しかないことをなぜ日本はしないんだと思いました。アメリカと差がつくはずですよね。

ポイントは仕事の「属人化」を排除すること

――帰国されてから就職活動はされましたか。

就職活動はしましたが、苦戦して40社に落ち、内定をいただいたのは資生堂1社のみでした。ほぼすべての企業で最終面接まではいったのですが、面接する役員は全員男性でした。当時資生堂には女性役員はいなかったのですが、それでも最終面接には必ず女性が半数入る構成でした。実は最終面接で男性全員から「バツ」をつけられたらしいのですが、人事の女性の方一人が花丸をつけて下さり、一人でも花丸をつけると落とせないというルールのおかげで入社することができたんです。

――資生堂では新規事業を立ち上げられましたね。

入社2年目にインターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業を立ち上げました。その後、調べていくうちに、育休から復帰しても長時間労働の企業では多くの人が辞めてしまうことがわかったんです。復帰が難しいことだけが問題ではなく、復帰後の職場環境にも問題がある。今後は介護やメンタルで休む人が激増することを考えると、様々な人が働き続けられる環境整備がとても大きな課題となります。当時から日本では2007年以降、労働力不足に陥ることは数字でも明らかでしたが、そんな実感を持つ経営者はいませんでした。これほどまでに明らかな問題に誰も対処せず、働き方を変えないことに恐怖と焦燥感を感じ、自ら起業することを決断しました。

起業した頃のメンバーと小室さん(中央)

――実際に起業してみていかがでしたか。

実は長男出産の3週間後に起業したんです。そのため、仕事を皆で共有しなくては回らない状態だったのがかえってよかったと思っています。というのも、「残業ゼロ」や「有給消化100%」を達成しようとしたら絶対クリアしなければいけないのが仕事の「属人化」の排除なのです。ある一人にしかできない仕事があれば、その人は絶対に休めないですから。今では全ての仕事を「見える化」して、社員の誰もが子どもがインフルエンザになっても介護が忙しくなっても滞りなく進む体制でやっています。気づいたら社員の6割は育児や介護をしている社員です。クラウドを活用して情報を共有し、瞬時に必要なデータを見つけるノウハウを全員で磨き合っていますので、それがコンサルティングのネタにもなっています。

男性が仕事だけでなく家庭でも活躍できる社会に

――経営者が意識を変えることで社員の生活も会社の雰囲気も大きく変わるんですね。

本当にそう思います。人間の脳は朝起きてからたった13時間しか集中力がもたないのです。経営者はこのことを意識するのが重要ですね。6時に起きている人を18時以降働かせたら酒酔い運転時と同じ集中力だそうです。働くほどミスや事故が起きます。そこに高い残業代を払うのは経営リスクですよね。

――これまで大変だったことは。

常に逆風でした。2014年、安倍内閣の産業競争力会議の民間議員になりました、しかし働き方改革について官邸で議論した際は、私以外の民間議員も大臣も当時は「ホワイトカラーエグゼンプション」を推し進めようとしており、孤軍奮闘でした。むしろ労働時間に上限の法律をつくったほうが、より多くの潜在労働力が、働けるようになり、日本の財政にプラスであることをデータや実例を元に訴え続けました。政府がガラっと変わったのは、3年半コンサルティングした「リクルートスタッフィング」で86%深夜労働を削減したところ出産数が1.8倍になった実例を示した時です。この企業では、評価方法も変革し、チームで協力して時間内に高い成果を出したほうが評価されるように変えたのです。長時間労働の是正が、日本の少子化を解決することを、政府がやっと理解できた瞬間だったように思います。

――ご自身の経営者としての強みをどのようにとらえていますか。また今後チャレンジしたいテーマは何ですか。

人を育てるのが好きという点です。自分で全部やり切るよりも、人を育てて「あの社員がこんなに成長した!」と満足するタイプです。

今後チャレンジしたい次のテーマは、男性が当たり前のように育児休業を取得できる社会の形成です。平成は女性の活躍が進んだ時代でしたが、その実態は、女性が家庭の領域から頑張って出てきて仕事の領域までカバーするようになっただけ。スーパーウーマン化によって成り立っているのですから、女性は大変疲弊しています。一方、男性は仕事の領域から家庭の領域にほとんど来ていない。この実情を見た若い世代は就業意欲も結婚意欲も下がり、少子化がもっと加速してしまいます。この状況を国全体で作ってきてしまったわけです。少子化を根本的に解決しようと思ったら、男性の家庭活躍しかない。今が最後のチャンスではないでしょうか。

本当は、妻の出産後すぐに男性が育児休業を取ることが大事なんです。簡単な話で言うと、産後2週間だけでも赤ちゃんを抱きしめてミルクをあげているとオキシトシンがたくさん出るそうです。こんなに幸せな経験をしないのはもったいないと思います。育児を通じて、男性も固定概念から自由になって、会社に柔軟な働き方が要求できるようになる。そうなれば、働く人にとって魅力的な社会に変わっていくと思いませんか。

小室 淑恵
株式会社ワーク・ライフバランス
代表取締役社長

2006年(株)ワーク・ライフバランス起業 https://work-life-b.co.jp/ 1000社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げる「働き方見直しコンサルティング」の手法に定評がある。安倍内閣産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省中央教育審議会などの委員を歴任。著書に『プレイングマネージャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)『働き方改革生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)『6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)『マンガでやさしくわかる6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)等多数。「朝メール.com」「介護と仕事の両立ナビ」「WLB組織診断」「育児と仕事の調和プログラムアルモ」等のWEBサービスを開発し、1000社以上に導入。「ワーク・ライフバランス コンサルタント養成講座」を主宰し、1600名の卒業生が全国で活躍中。私生活では二児の母。

おすすめ記事